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無題

 少尉の足が踝まで滑【ぬめ】る赤に溺れた。それだけじゃない。
 指が、腕が、手が、至る所に血溜まりを作っては奇妙な速度で生えてくる。
 その距離は充分にあった筈なのに、そろと伸ばした少尉の腕をあっという間に包み込むと、瞬きの間もなく目前へ現れた。少しだけ距離が開いて背中が揺れたかと思えば、後ずさった先が壁でそれ以上に逃げられないことを知る以外に、彼に出来る行動はない。
 惚けた顔が名前を呼んでいた。
 その少女のような表情に、縋ってはいけないことを再確認する。
「……いえ、大丈夫です」
 その事実と己を誘う腕とから、目を背けずに見ない方法など、咄嗟に考えつく物はこれくらいだった。
 射出後のDoor knockerに触れても溶けない、ぶ厚い革の上からでも、無骨な指先は気付いた。眉が、眉間が、完全に笑っている。
 手が震えていないのが不思議なくらいだった。
 口籠りながらもその声は凛と響いて、そこに確かな少尉を感じる。
 淡と告げる少尉の言葉に、ランデルは耳を傾けるしか出来なかった。ここから逃げ出すか、或いは崩れ落ちるかを考える脚を、装甲列車の巨壁で支えるだけで精一杯、そんな心情だったのである。
 それが、少尉の、アリスのたった一言の淀みに意識を持っていかれた。
 息をするのも忘れているくせに、僅かに唇が開いている。
 立つことで精一杯の身体が、アリスのたった一言を待って思考を解き、力すら奪ったのだ。
「納得できないんだっ。生きていて欲しかったと思うっ!!」
 まさか。
 期待していながら、一度否定して己の裡で言葉に起してみる。
 ワガママだとか子供か、だとか。徐々に再び口籠るその言葉を聞いて、ブラウンと黒に塞がれていた視界が静かに白んで滲む。
 目頭が熱くなる、なんてものじゃなかった。胸の上から全部が、熱を持ったようにすら感じられた。
 開いたままだった口角が、小さく反り返る。
 ゆっくりと手を外すと、開けた視界で歪む腕が見えた。
 きっと、俺は泣いてるんだ。
 赤にまみれた手が揺れる。
 不思議と少尉は歪んでは見えなかった。
「はい。頼ってください……」
 こうして少尉の役に立てるなら。そうやって夢を受け入れようとするランデルの視界で、アリスが徐々に蝕まれていく。見えなくなっていく。
「じゃあ、まず。その考え方から改めろ」
 もう一度だけ瞬きをして、全てを受け入れようとしていた瞳が、ほんの見開かれた。
 この人は、今度はどんな正しさを示すんだ。
 自分とは全く関係ないと言う素振りで、思考がランデルに喋りかける。
「『もう助からない』って周りが思ったって、私は助ける!!」
 ずっと彷徨っていた視線がアリスを捉える。そうして自分の目が泳いでいたことを知る。逸らしていたのかも探していたのかも分からなかった。
 ただ、彼女の言葉が、自分個人に向けられているものではないと、それだけは分かっていた。分かろうとしていた。分かっているつもりだった。
 いつもは地に吸い込まれていく足が、目前の悪夢に向かってしっかりと前進していた。力なんて一切入らない気がしていたのに、今だけは空気のように軽い。悪夢の中でさえ、しっかりと歩むことが出来る。
 それでも、あと少しの所で脚が崩れた。
 倒れ込むようにして少尉に抱き着く。
 小さな体温と彼女のどこか優しい匂いに、一生手放したくないと腕に力がこもる。
 膝を折って尚背を曲げねば釣り合わぬ体格で、再び肩の辺りを熱くさせながら、入らない力でアリスを抱きしめた。
 白む頭脳の中で、これから向かう場所が白く浄化されていくように感じた。







どーだやって見せたぞ一発書き!
十一巻までが揃って、九巻で既にダメージの東はもはやダメです。
九巻最後のあのシーン、Myフィルター通したらこうなった/
伍長の感情が依存を止めようと葛藤し続けて、この日を最後にしようみたいな感情を持っている様で仕方がない。なんだろう、だから保護側に回ろうとして思考が歪んで、見たいなのを想像しちゃって嫌だ。正直そうなりかけたし!
九巻はランタン伍長のが一番怖いと思った巻です。Marman-cchedaが、背骨!背骨っ!
ああうう、ごちゃごちゃしてだめだ。
一旦風呂入って頭冷やしてきます。

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